聞いて判かる違い、判らない違い
近頃は同じ楽曲でも「CD」「mp3/AAC」「44.1kHz/16bitのFLAC/WAV」「ハイレゾの圧縮フォーマット」「ハイレゾのFLAC/WAV」「DSD」など複数のメディア/フォーマットでリリースされることが多くなっていて、 中にはアナログレコードでのリリースなんていうのもあったりします。
音楽を愉しむ選択肢が増えるのは喜ばしい限りですが、「いわゆる音質の優劣」とか、「ハイレゾの方がいい音」的な話題を時々見聞きします。
まあ、メーカーも一生懸命「ハイレゾ」の宣伝をしてますので、「ハイレゾ=いい音」的なイメージはなんとなく醸成されているかと思います。
ところで、良い悪いはいったん脇に置いて、同じ楽曲のフォーマット違い、特にCD版とハイレゾ版で音の違いは感じられるのでしょうか?
といいますのも、CDフォーマットである44.1kHz/16bitリニアPCMの楽曲を、mp3やAACといった、20kHzの再生もできない非可逆圧縮に変換しても、ある程度のビットレートがあればAB切替でもほとんどの人は聞き分けが出来ないことは知られており、そもそも人間の知覚限界外の性能の有無しかないハイレゾとCDの違いが簡単に聞き分けられるのか?
という単純素朴な疑問です。
一方で、実際に通常版とハイレゾ版が販売されている楽曲では、その音の違いがレビューされることも多かったりします。
これは一体どうしたことなのか。。
これをひも解いていくには、まず見方を変える必要があります。
例えば、mp3/AAC版、CD版、ハイレゾ版、レコード版が販売されている楽曲があるとします。
それぞれのファイルには、そもそも同じ音が記録されているのでしょうか?
ピンと来ている方もいらっしゃると思いますが、キーワードはマスタリングです。
もともとは、制作の過程で仕上がった2トラックのオリジナルマスターを、レコードにするカッティング工程で最適化することを指していました。
具体的には、信号をレコードの物理限界内に収めつつ、最終的に生産されたレコードを再生した際にオリジナルマスターに限りなく近い音になる様にレベルやイコライザー、フィルター等の調整を行います。
デジタルの時代になり、CD、配信用圧縮ファイル、ハイレゾファイルと、対象のメディア(フォーマット)が追加、変遷していますが、対象に最適化する調整工程というマスタリングの本質は変わっていません。
単にフォーマット変換するだけではないのです。(注1)
それなりの熱意と予算をもって製作された楽曲であれば、同じオリジナルマスターを使っていても販売メディアの特性ごとにマスタリングの中身は変わり、エンジニアによっても勘所が異なる上に、販売戦略によっては最適化の目的や目標自体が変わったりもします。
そのため、販売されるメディアごとにマスタリングによる調整内容が異なっていて当然。というのが製作サイドから見たメディア(フォーマット)の違いとなります。
これは、同じ楽曲でも、メディア(フォーマット)によってそもそも記録されている音が微妙に異なることがある。という事を意味します。(もちろん同じ場合もあります。)
なので、CD版とハイレゾ版を聞き比べて「やっぱハイレゾすげー」とか「ハイレゾは繊細だけどCD版がいいな」など違いを感じられた場合、フォーマットのスペックによる違いではなく、マスタリングによる音の違いを感じているだけ。という可能性が出てくるわけです。
「ハイレゾ版はマスタリングエンジニア○○さんの手によるリマスタリングを行っています」などと、企画としてマスタリングで積極的に音を変えたことを宣伝材料にする場合は分かりやすいのですが、大抵の場合は対象フォーマットの性能でオリジナルの音に近づける(または売れる音にする)という裏方の仕事に専念するため、そのような記載はななかったりします。
また、リマスター版と表示されていても、リマスタリングで何をどう変えたのかという内容は公表されるわけもなく、レベルを変えるだけでもマスタリングと言われればそれまでですし、フォーマットごと性能や特性が異なるため測定で簡単に比較できるものでなく感覚に訴える部分が大きいことから、マスタリングによる音の違いの実態は非常にわかりにくいものでもあります。
そこで、同じ楽曲でCD版とハイレゾ版に違いを感じるものをお持ちでしたら、ハイレゾ版のファイルを変換してCDを作って比較してみてください。
作ったCDは、CD版とハイレゾ版のどちらに近い音と感じるか、いくつか試すと結構面白い結果が得られると思います。
(スペック的に上位のフォーマットファイルを比較対象のフォーマットに変換して比べることが重要です。)
ところで。。
純粋にフォーマットの違い(CDとハイレゾの違い)を音で感じることは出来ないのでしょうか?
先に説明した通り、販売されている楽曲ファイルでは、「入っている音がフォーマットごとに違う疑惑」が払拭出来ません。
(同じ場合もあるはずですが、明示されていない限り特定は困難です。)
そうなると自分で録音して再生してみるしかありません。
同じ音源を、異なるフォーマットで録音して再生してみれば、フォーマットによって音が違うと感じることが出来るか感じないかが分かりますね。
重要なのは、同じ音源を同じ装置構成で異なるフォーマットで録音する事です。
(録音したファイルを異なるフォーマットに変換するのではありません。)
ただし、この方法でも、フォーマットの違いではなく、機材が持っている癖を聞いている可能性があるので、慎重を期するには複数の録音機材で同じように比較して共通性を抜き出す必要があります。
我が家で録音ができる機材といえば、UA-3FX(~48kHz/24bit)とFA-66(~192kHz/24bit)です。
それぞれ1台しかありませんので、同じ音源を同時に複数のフォーマットで録音することはできません。
ではどうするか。。
そうだ!アナログレコードをダビングしよう!(笑)
今風に言えば、アナログレコードのデジタルアーカイブですかね。。(苦笑)
アナログレコードを同じセッティングでサンプリング周波数とビット深度を変えて録音すれば、「ほぼ同じ音源」「同じ装置構成」「異なるフォーマット」が実現できますので、やってみました。
といいますか、中古のFA-66を買った理由の半分は「レコードのダビング」だったりするので、随分前に実験済みでした。(笑)
ここから先は
「個人の意見です」
「効果の感じ方には個人差があります」
「当社比」
の世界です。
(複数の機材による共通性の確認もできていないので、話半分でお願いします。)
サンプリング周波数を変えた時の音の違いは確かに感じられましたが、それよりビット深度を変えた時の違いの方が大きく感じました。
言葉で表現すると、サンプリング周波数を高くすると優しく丁寧な感じになり、低くすると勢いや厚みのある感じに聞こえました。
ビット深度は24bitの方がリアリティが高く、定位感、空間感がより明確になったように感じられました。
ちなみに、アナログレコードをダビングをするにあたっては、最高スペックの192kHz/24bitより、48kHz/24bitの方が好きと感じています。
そのため、現状、アナログレコードのアーカイブ化(NWプレーヤーなどでの再生目的)では48kHz/24bitで録音、レベルは弄らずリードイン/アウトの調整のみで保存しています。
CDに落とす目的のときは44.1kHz/24bitで録音しレベル等を調整のうえ16bitにコンバートしています。
いずれにせよ、販売されている同じ楽曲のCD版からハイレゾ版に変えた時に感じるような「お!変わった」感とは趣が異なり、その違いはとても小さなものに感じます。
なお、
44.1kHz/16bitのPCMは、信号周波数で22kHzまで、ダイナミックレンジは96dBです。
96kHz/24bitのPCMは、信号周波数で48kHz、ダイナミックレンジは144dBです。
一方、人間の聴覚は個人差が大きいのですが、周波数で20kHzくらいまで(若者限定)、ダイナミックレンジは120dB(20bit相当)くらいまで(超人レベル)と言われています。
単純に額面通りの性能があるとして考えると、周波数特性方向ではハイレゾだろうがCDだろうが人は違いを感じられないのが普通ですが、ダイナミックレンジは16bitを超える能力があるので、16bitと24bitの違いは感じとれる可能性があります。
注1
音をいじらず、あえて変換だけにとどめるという事もあるようです。
フォーマット変換するツール(コンバーター、エンコーダー)によっても細かい「癖」があるので、その選択だけでも結構大変なんだというエンジニアの方の話も聞きます。