定インピーダンス型アッテネーターをお安く作ってみる。
オーディオアンプには音量を調整するという機能が必要です。
この機能を実現する方法としては、大まか、
・アンプそのものの増幅率を可変にするもの
・アンプの増幅率は一定のまま、入力する信号の大きさを変えるもの
に分けられます。
一般的には後者のものが大多数を占めており、我が家の現役アンプも全てこの可変入力固定ゲイン型の音量調整機能を持っています。
更に、この入力信号の大きさを変えるために、一般にはボリュームと呼ばれる可変抵抗器を使うのですが、例によって音声信号が直に流れますので、ボリュームの品質は音に大きく影響する。と言われています。
ちなみに、我が家のバッテリードライブアンプはアルプスのミニデテント(RK27)ボリュームを使っています。
メーカー製高級アンプでも採用例の多い、いわば定番品です。
更に超高級品やワンオフ品、レベルズレを嫌うプロ用、こだわりの自作品などでは、固定の減衰レベルを段階的に切替えて使う「アッテネーター」を使用したものがあります。
と言うことで、今回は固定抵抗を使ったアッテネーターを作ってみたお話です。
(実は随分前に作っていてTwitterでつぶやいていましたがブログに載せてませんでした。)
アッテネーターと言いましてもいろいろありまして、実は個人的にはトランス式が欲しかったりするのですが、目ン玉飛び出る二桁万円。予算の都合上、固定抵抗式でいきます。
その予算も父ちゃんの小遣いで頑張るので、更にいろいろと工夫が必要です。(笑)
まず、ここは外せないと言う最低スペックを決めます。
・組合せ実験が可能なのように入力端子と出力端子を持つ単体のアッテネーターにする。
・入出力バランス20kΩ、アンバランス10kΩの定インピーダンス型とする。(ターゲットアンプの入力インピーダンスに合わせます。)
・バランス、アンバランス両用
・調整幅は0〜-60dB以上
・20ステップ以上の切替
・左右連動
あとは、お財布と相談しながら高品質なものを目指します。
今回は、特に「入出力インピーダンス一定のアッテネーター」というのがこだわりポイントです。
単純にコストだけで考えればラダー抵抗やパッド式が選択肢になりますが、それでは連続可変のミニデテントを固定抵抗に置き換えて切替え式にしただけで、電気的にはほとんど変わりがないので、どうせ作るなら。というチャレンジでもあります。
インピーダンスは、アンプの入力インピーダンスに合わせてアンバランス10kΩ/バランス20kΩとしたのは、アッテネーター有無や減衰量に関わらず、ソースから見たパワーアンプの入力インピーダンス(負荷インピーダンス)が一定になり、ボリューム使用時に発生するインピーダンス変動に伴う音色変化を抑制する狙いがあります。
なお、世の中には「パッシブプリ」と呼ばれる、アクティブな増幅機能(プリアンプ、バッファアンプ)を持たない、言ってしまえば「入力切替え機能付きアッテネーター」が、極一部で熱い支持を得ているようです。
今回作るのは単体のアッテネーターですから、機能的には「入力切替機能のないパッシブプリ」な訳ですが、抵抗を使った単体アッテネーター(パッシブプリ)には、忘れてはならない、とんでもない欠点があるにも関わらず、パッシブプリを信奉される方々の多くはそのことをあまり気にしてない様に見受けられるため「パッシブプリ」は少々ミスリードを誘いそうな言葉と感じたので、しつこく「アッテネーター」と呼ぶことにします。
その欠点とは出力インピーダンスが高いことに起因しており、
・ノイズを拾いやすい。
・出力側ケーブルの浮遊容量(線間の静電容量)によって、高域の周波数特性に変化が生じる。
というものです。
具体的に、私のバランス接続アンプを例に高域減衰を計算してみましょう。
条件として、
・アッテネーターのHOT-COLD間出力インピーダンス20kΩ
・アンプのHOT-COLD間入力インピーダンス20kΩ
・機器内部配線やコネクタの合計浮遊容量を50pF
・接続ケーブルの浮遊容量を150pF/m
とします。
合計浮遊容量と20kHzの減衰量をセットで表すと、
・150pF(ケーブル60㎝)で20kHzの減衰量は約0.15dB
・200pF(ケーブル1m)で20kHzの減衰量は約0.25dB
・350pF(ケーブル2m)で20kHzの減衰量は約0.8dB
・800pF(ケーブル5m)で20kHzの減衰量は約3dB
になります。
これを大きいとみるか、小さいとみるかは、回路と人それぞれのポリシーもあろうかと思いますが、私的にはここは伸ばしても1mに抑えたいところです。
ちなみに、出力インピーダンス600Ωのごく一般的なプリアンプの場合、200pF(ケーブル1m)で20kHzの減衰量0.001dB。
20kHzで3dB減衰させるには、100m以上ケーブルを引っ張りまわす必要があります。
グラフでざっくり比較するとこんな感じです。
下の方の曲線が出力20kΩ、上の方が1200Ω(受け側は共に20kΩ)の特性です。
ケーブルが長くなるほど高域特性が悪化することや、同じケーブルでも出力インピーダンスが変わると大きく特性が変わることがお分かりいただけると思います。
この事から、周波数特性の劣化やケーブルが伸ばせない欠点を回避すべく、「入出力600Ωのパッシブプリ」を作られている方もいらっしゃいますが、マイク用ならいざ知らず、ラインレベルの入力インピーダンスは20kΩ以上というのが基準となっているのに600Ωで受けることになり、ソース側機器にとっては相当重い負荷となります。
また、ソース側出力にカップリングコンデンサーが使われている場合、低域のレベル低下を引き起こします。
明示的に600Ω受けがOKなソース(ほぼプロ用)を繋ぐ場合を除きバッファアンプが必要で、これをパッシブ素子だけで構成するのは少々無理があります。
余談ですが、同じような単体アッテネーター(パッシブプリ)でも、音量調整機能がトランス式の場合は、ソース側から見たときの負荷インピーダンスが負荷側アンプの入力インピーダンス以上に保たれ、逆にアンプ側から見たソース側インピーダンスは接続するソースの出力インピーダンス以下になり、加えて低レベル時ほどその傾向が顕著に出るので、長いケーブルも利用可能という逆の特性を持っています。
ああ。。いつか欲しいなぁ。。(笑)
さて、話を戻して回路の検討です。
バランス、アンバランス両対応の定インピーダンス型アッテネーターとなると、回路の形式は平衡O型か平衡H型か平衡ブリッジH型がありますが、ブリッジタイプは主に可変抵抗を使う場合の回路なので、固定抵抗を使う場合の選択肢は平衡O型か平衡H型になります。
無線の世界では高周波(電波の周波数)領域でのインピーダンス特性が良いO型が主流ですが、同じ入出力インピーダンスと同じ減衰量なら通過する抵抗の抵抗値が大きくなるというのが引っかかります。
ということで、今回は平衡H型を第一候補としたいと思います。
続いて切替方式をどうするか。
普通に考えれば、多段多回路の23接点ロータリースイッチを使います。
この場合、H型でもO型でも、1chあたり4回路が必要ですが、これで左右連動(同軸)を実現するには、8段8回路23接点というお化けのようなスイッチが必要です。
そうでなくともお高い多段ロータリースイッチ。
8段の物なんて特注しかありませんし、一体いくらになるのか想像もつきません。。
それならばと、1段1回路スイッチでリレーを駆動して切替えるという方法を使っていらっしゃる方もお見受けしました。
これだとスイッチの費用を抑えることが出来ますが、一般的な2回路6接点リレーを使った場合1ch1ステップあたり2個必要ですので、2ch23ステップ分で92個必要となり、却って費用が掛かりかねませんし、何よりも場所を食います。
また、抵抗で23ステップ分のアッテネーター回路を作るのだけでも結構な出費となります。
ということで、ここから工夫の世界。
減衰ステップは小さく(出来れば最小1dB刻み)、減衰幅は大きく、回路の数は少なくしたい。
こういう場合、小さい減衰ステップのアッテネーターと大きな減衰ステップのアッテネーターを組み合わせれば、少ない回路で必要な減衰量のセットを組むことが出来ます。
しかも、今回使う回路は入出力インピーダンス一定なので、何段重ねてもインピーダンスも減衰特性も変化しません。
無線ではよく使う手です。
さて、ここで問題です。
1dB刻みで0~-60dBの減衰量を一番少ない回路数で構成するにはどうすればよいでしょうか?
ロジック回路をかじった人ならピンとくるかもしれませんね。
答えは。。
-1dB,-2dB,-4dB,-8dB,-16dB,-32dBの6回路を直列につなぎ、それぞれスルー(0dB)と切替出来るようにすることで実現出来ます。
あわせてもう一段、-∞(カットオフ)も加えれば、0~-63dB(1dBステップ)+全ミュートのステップアッテネーターが構成できます。
23ステップを全部切り替え式にするより、リレーも抵抗も7割以上削減でき、かつ細かい刻みで制御が可能です。
23箇所のスイッチ接点情報を6bitバイナリに変換するデコーダーが要りますが、100本いくらのダイオードがあれば簡単に構成できます。
しかも、スイッチのどの位置を何dBにするのかはこのデコーダーで決めるので、減衰量を変えるのにアッテネーター自体を作り直す必要がありません。また、減衰量がバイナリで表現出来るということは、いわゆる電子制御にも応用可能です。
抵抗は1%金皮、リレーは秋月の100円、ロータリースイッチは2段2回路23接点の激安品です。
スイッチ1段を電源とミュート解除に使い、もう1段で-62dB~0dBを22ステップで切替えます。
シールドもへったくれもないバラック組みなこととバランス20kΩというインピーダンスから、案の定ノイズを拾いやすく、音声信号と電源は直接関係ないにもかかわらず、動作確認にACアダプターを使ったら残念なことになってしまいました。
例によってバッテリー給電でスッキリ解決。(笑)
ツマミを絞りきるとOFFになるのも何気に便利です。
もちろん欠点もあります。
上の方にも書いた通り、出力インピーダンスが高いので、外来ノイズを拾いやすく、ケーブルの浮遊容量によって周波数特性が変わってしまう事から、パワーアンプ直近でしか使えません。
また、各段アッテネーターとスルーをリレーで切替えており、切替タイミングでOFF(どこにも繋がっていない)状態が存在する事から、切替わり時にプチっというノイズが乗りやすいです。
更に、今回使った23接点スイッチの感触がイマイチな事と、中でリレーがガチャガチャ言うのとで、動作フィーリングが雑で、いかにも安っぽい。
まあ、売り物にはなりそうにありません。(苦笑)
サウンドは(固定抵抗らしく?)ソリッドな感じです。
ミニデテントが少しぼやけて感じるほど、スッキリしていて、抜けと見通しが良いです。
苦労した甲斐があるもので、現状、我が家では一番いい感じのサウンドを提供しています。
当初はDACで使っていましたが、今はフォノイコライザーに使っています。