意外と知られていない?バランスアンプのメリット

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バランスアンプと高調波歪

バランスアンプとアンバランスアンプの違いの中で、「バランスアンプは偶数次高調波が小さくなる」という件については、効果的な割に意外とそれを謳ったり説明されていることが少なく、 アンプの高調波歪の発生要因を解説したり多項式で説明するなど技術的に明るい人でも勘違いすることがある謎の機能です。(苦笑)

私自身、完全差動のバランスドライブアンプを自分で組み立てて測定していた時に、HOT/COLD単体(アンバランス)とバランス状態で歪の特性がえらく変わる(奇数次高調波だけやたら目立つ)ので、その時は慌てていました。
よく見りゃ奇数次が大きいのではなく偶数次が小さいだけだったのですが、この理屈を思い出すのに少々時間がかかってたりします。

ということで、自身の備忘を兼ねて書き留めておきたいと思います。

バランスアンプで偶数次高調波歪が小さくなるのは、実はとても単純な理屈で、バランス出力の同相信号がキャンセルされることによるものです。
つまり、根っこはコモンモードノイズへの耐性と同じです。

アンプに正弦波(サイン波)を入力して出力信号波形を観測したとして、波形例を書いてみます。

こちらは偶数次高調波として25%の二次高調波を含んだ信号波形です。
それぞれ、基本波と高調波を分離したのも併せて書いています。
バランス出力となるHOT-COLDでは、出力波形と基本波が重なり、高調波成分がなくなってるのがわかると思います。
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こちらは奇数次高調波として25%の三次高調波を含んだ信号波形です。
同じように、基本波と高調波成分を分離したものも併せて書いています。
こちらは、バランス出力(HOT-COLD)になっても、歪成分は変わっていないのがお分かりいただけると思います。
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実際には高調波の振幅がこんなに大きいと使い物にならないとか、二次や三次だけって事はないとか、高調波成分の位相もいろいろあるだろとかツッコミどころは多いと思いますが、機能説明用の特性例として見てください。

ここで注目するのは基本波の波形がプラス側にある時とマイナス側にある時の高調波の波形です。

二次高調波の場合は、基本波(赤い線)がプラス側でもマイナス側でも高調波(オレンジ)は同じうねり方をしていて「同相」です。
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三次高調波の場合は、高調波(グリーン)のうねりは逆になり、いわゆる「逆相」になっています。
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これが何を意味するのかというと、バランスアンプのHOT側とCOLD側の差分です。
COLD側の信号出力をHOTと比較すると、
基本波は逆相、
二次高調波は同相、
三次高調波は逆相、
以降、「偶数次は同相」「奇数次は逆相」になります。

この時、入力電圧とゲイン(増幅率)と各次高調波の歪み成分(歪率)がHOT側とCOLD側それぞれ同じ場合、逆相信号は2倍(+6dB)の電圧として伝達され、同相信号はキャンセルされて伝達されません。
つまり、原理的(HOTとCOLDが完全にバランスしている場合)には、逆相の基本波と奇数次高調波は元のアンバランスアンプと同じ割合で残りますが、同相で出てくる偶数次高調波は「差し引き0」となり、アンバランスアンプに存在する偶数次高調波歪がバランス接続するだけで消えてなくなります。

言い方を変えると、基本波と奇数次高調波はノーマルモード、偶数次高調波はコモンモードで出力に現れるので、バランス接続によりコモンモードがキャンセルされる。
という至って単純な話でした。

もちろん現実的には完全なバランス状態というのは存在せず、きれいさっぱり消し去ることまではできませんが、逆に少々バランスが崩れていようとも「引き算」されるので元の「足し算」より増えることもありません。
また、奇数次高調波は、基本波との割合として増えも減りもしません。

バランスを厳密に取らなければ効果がないだとか、バランスが取れなければかえって悪くなるとか言われることがありますが、正の数の単純な足し算と引き算の比較をした時、引き算の方が大きな値になるとかあり得ません。
また、HOT側とCOLD側のバランスがそんなに悪いのであれば、普通のアンバランスアンプとして使うと左右の特性が相当違うということと同義なんですが、そんなことも普通はないですよね。

HOTとCOLDで特性が「大体揃って」いれば(ステレオの左右で使って問題ない程度であれば)バランスアンプの偶数次高調波はアンバランス使いより「確実に小さく」なります。

これが、「バランスアンプは偶数次高調波歪が減少する」理屈です。

ここで簡単なコンデンサ結合のMOS FET 1石アンプで偶数次高調波がキャンセルされる様子をシミュレーションしてみます。

用意したのはこんな回路です。
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電源と信号源
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A:アンバランス
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B:Aと同じ回路を2つ使ったBTL
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C:COLD側のアンプに違うメーカーのMOS FETを使い、アイドル電流とゲインをざっくり合わせただけの、HOTとCOLDが揃っていないBTL
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MOS FETの品番はシミュレーターにあらかじめ登録されている中から電源電圧に耐えられるものをテキトーに選んでいます。
回路定数もアイドル電流が10~20mA、ゲイン5倍くらいになるようにテキトーに設定しています。
測定条件をそろえるため、電源と信号源は共通にして、同時に走らせます。
回路を見ていただければわかる通り、信号源から見たHOTとCOLDの負荷が若干HOT側に寄っており、HOTとCOLDの入力電圧のバランスは少し崩れています。
(ピッタリ合わせるとバランスアンプの結果が良すぎちゃうのでわざとずらしてます。)

1kHz正弦波を入力してシミュレーションをスタート。
負荷抵抗の電流を測定、FFT掛けてスペクトルを見ます。
比較しやすいように基本波の値が大体同じになるように、バランスアンプ側の負荷を1/2ずつ分流して測定しています。

赤がアンバランスアンプ
青がバランスアンプ
緑がバランスの悪いバランスアンプです。
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2、3、4、5kHzと綺麗に整数次高調波が並んでます。
ゲインが高くない(=NFBが結構かかってる)のもあり、思ったより性能いいようです。
2kHz(二次高調波)は、
アンバランス:基本波-60dB(0.1%)
バランス  :基本波-110dB(0.003%)
バランス悪 :基本波-74dB(0.02%)
3kHz(三次高調波)は、いずれも基本波-74dB前後( 0.02%)でほぼ変わりなしです。
以降、偶数次はバランスの方がレベルが低く、奇数次のレベルほとんど変わっていないのもお分かりいただけると思います。

バランスアンプでもアンバランスアンプでも、回路そのものが持っている歪み特性は変わりません。
バランスにするだけで偶数次高調波歪、特にアンバランスアンプでは通常一番値の大きい二次の高調波歪がかなり減るという、効果のわかりやすさがミソです。

現実では、BTLではHOTとCOLDのゲインと感度がバラバラに制御されるのでバランスをうまく合わせるのは少々コツが要りますが、逆に、相当いい加減なことをしない限り6dB以上は(半分以下には)改善出来ます。
完全差動アンプは、シミュレーションだと特性が良すぎて偶数次高調波がノイズレベルまで落ちちゃいますし、現実でもHOTとCOLDのゲインや特性が一括で制御されて特性の揃い方がよい(帰還抵抗の精度で揃う)ので、偶数次高調波がかなり効率的にキャンセルされ、結構簡単に20dB以上改善できます。

なお、この特性はバランスアンプの「特徴の一部」です。
この特徴を得るためにアンバランスアンプでは必要のないことが必要になるとか、何かを犠牲にする必要がある場合、どちらを優先するかは、「人それぞれの価値判断」です。
例えば、コストがかかる割に効果が小さいと感じるのであれば採用する意味はありませんし、効果があるならコストは関係ないとか、コストと効果のバランスが妥当と思われるのであれば採用するべきと考えます。
もちろん価値基準はコストだけではなく、他の特性、性能という場合もありましょう。
バランスアンプなんか要らないというのも乱暴ですが、アンバランスアンプ比で偶数次高調波歪みが小さいのは技術的な優位点の一つではありますが、これを持ってバランスアンプじゃなければ「ダメ」とかいうのも早合点です。

また、歪み以外の部分を含めた技術的なメリット/デメリットをこちらにまとめました。