ケーブルを構造で考えてみる
最初にお断りしておきますが、私のことですので電線の銘柄や導体の素材で音がどーとかいう話ではなく、電線そのものや、構造毎の「電気的な特徴」から電線について考えてみます。
導体の素材について
導体の素材は一般的には銅です。
導電率(電気の通しやすさ)とコスト、扱いやすさ(丈夫さ、柔らかさ)のバランスで考えるとほぼ一択です。導電率だけで考えれば銀の方が優れますが、コストが高く、扱いにくい(錆びやすい)面があります。
なお、銅でもいろいろあるのですが、オーディオ帯域で数m程度なら、タフピッチだろうがOFCだろうが電気的な特性は変わりません。
太さや長さをほんのちょっと変えた時の方がはるかに変わります。
電線の太さについて
同じ素材、同じ長さなら、太い方が電気抵抗が小さくなります。
ただ、交流電流は周波数が高くなるほど導体断面のより外側に近い部分にしか流れなくなる(内側に流れにくくなる)「表皮効果」があり、同じ線でも周波数が高くなるほど電流が流れる導体の実質的な断面積が小さくなり、抵抗が高くなります。
これは、導体を輪切りして断面を見たときに、導体に流れる自身の電流による磁界が外側より内側の方が強くなるため、導体中心にいくほど自己インダクタンスが高くなり、周波数が高くなるほど導体中心寄りの部分のインピーダンスが高くなることに起因します。
導体外端からどのくらいの深さまで電気が流れるのかを示すのが表皮深さといいます。(実際には外端の流れやすさと比較して37%になる深さ)を言います。
銅の場合、20kHzでおよそ0.45mm。そこから考えると、単線の電線の直径は0.9mmを超えると周波数特性に影響が出てくる「可能性」がありそうです。
単線、撚り線、リッツ線
導体1本で出来ているのが単線。ソリッドワイヤーとか言われる事もあります。
細い裸の素線を撚って束ねてるのが撚り線。
絶縁した細い素線を撚って束ねたのがリッツ線です。
先ほどの表皮効果を考慮した場合、線の直径はなるべく細くしたくなりますが、あまり細いと今度はそもそもの抵抗値が上がってしまいます。
じゃあ、細い線を束ねればいいじゃん。
ということで、絶縁被膜のない細い裸の素線を束ねた撚り線はどうでしょうか。
「表皮」という表現のせいなのか結構勘違いされているのですが、裸線の束は電気的に考えれば単線と大して変わらず、逆に内部にところどころ隙間がある(同じ仕上がり太さの単線に比べて数10%ほど空間がある)のに加えて、表面がやたら凸凹しているので同じ仕上がり長さの電線でも、電気が通る経路が長くなるだけだったりします。
つまり、一般的な複数の細い裸線を束ねた電線は、同じ仕上がり太さの単線に比べて導体断面積が減り、電気が通る部分の実質的な長さが長くなることで基本的な抵抗値が上がる結果にしかなりません。
それでも表皮効果による高周波数域の特性劣化が起きにくいならいいじゃん。と思われるかもしれませんが、先ほどの説明で表皮効果は自身の電流による磁界によって起きる自己インダクタンスが原因と書いたように、絶縁していない線を束にしたところで束の中心寄りのインピーダンスが外側より高くなることには変わりがありません。
細い線を束ねたときは、単線に比べて曲げやすく折れにくいという使い勝手の要求が大きいのです。
ただし、仕上がり太さではなく、導体合計の断面積が同じになるようにした場合、線の実効直径が太くなり、インピーダンスの低い部分が多くなりますので、隙間と凸凹による経路の延長を帳消しできる「可能性」があります。
裸線の束では表皮効果の影響を回避できないのであれば、リッツ線(被膜などで絶縁された細い線を撚って束ねた線)を使った場合はどうでしょうか。
表皮深さより十分に細い線を使えば、表皮効果による影響は回避できそうです。
ただし、今度は、隣接した電線に同じ方向に電流を流すと導体同士の接近した部分の電気が流れにくくなる「近接効果」を考える必要があるというご意見もあります。
近接効果は隣り合う導体を同じ方向に流れる電流による磁束が、隣の導体により近い側に強く掛かるために発生します。
つまり、表皮効果も近接効果も、実は同じ原理(ファラデーの法則)による働きで、同一導体内で起きるのが表皮効果、絶縁され隣接した導体間で起きるのが近接効果と言って差し支えありません。
そうなると、近接効果と表皮効果、どちらがより強く働くか(影響が大きいか)という問題が出てきます。
実測しちゃうのが一番ではありますが、測定条件を揃えた素材を用意するのが難しいので、ここは他力本願。(笑)
ちょうどよさそうな研究資料と、トラ技の公開誌面を見つけましたのでご紹介します。
http://bunken.rtri.or.jp/PDF/cdroms1/0001/2013/0001003711.pdf
http://toragi.cqpub.co.jp/Portals/0/greenele/backnumber/no6/No6.pdf
これらよると、同じ仕上がり太さならリッツ線の素線を細くして数を増やすほど高い周波数まで抵抗値(インピーダンス)が低く保たれます。
実際に、IHヒーターやワイヤレス給電など、高周波数で高い磁束密度を少ない電力損失(≒低発熱)で扱う必要がある装置には、「何も言わずともリッツ線が使われている」ことからも、それを裏付けられます。
なお、この資料は、トランスやインダクターの巻線を単線とリッツ線、リッツ線の素線本数(細さ)で比較しようとしたもので、これらのいう近接効果は、束と束の間の近接効果を指していて、束の中の素線間の近接効果ではないことに注意が必要です。
それでは電線の話とは違い、役に立たないじゃないか!というのは早計。
リッツ線のコイルが単線のコイルと比較して高い周波数まで低いインピーダンスを保てるということは、線自身の自己インダクタンスが低く保たれていることを示しており、リッツ線の素線間においても、より高い周波数まで性能を維持できることが分かります。
ということで、少なくともオーディオ帯域の電流を流す場合は、リッツ線は近接効果のマイナスより表皮効果のプラス作用の方が強いか、そもそも周波数が低いのでどちらも無視できるレベルと考えてよさそうです。
単純に同じ導体素材、同じ導体断面積、同じ長さで比較した場合、より高い周波数までインピーダンスを低く維持できるのは、性能のいい順に、
リッツ線 > 撚り線 ≧ 単線
となります。
さて、ここまでは単一極性(単芯)の話でしたが、電源やスピーカー線のようなプラス(Hot)とマイナス(Cold)のような電流の方向が逆向きの、二極性(2芯)の線を考えてみましょう。
スピーカー線のHot側とCold側の線には、ちょうど同じだけの電流が逆向きに流れます。
AC100Vの電源ケーブルもそうです。これがバランスしていない機械は「漏電」しています。
ケーブルは、2芯を並べた平行線、2芯を撚った対撚り線(ツイストペア)、4芯を撚って対角の2本ずつを使うスターカッドあたりが一般的でしょうか。
少し変わったところでは平行線を裂いたり単芯線を2本使いというスピーカーケーブルもあるようですが、こちらは後で述べます。
線自身の電気的な性能だけ考えると平行線より2芯の対撚り線、4芯のスターカッド撚り線の方が撚った分だけ実際の経路が長くなるので、撚り線は電気抵抗的には不利になります。
が、磁力的な事を考えると話が変わってきます。
平行して走る2本の線に電流が流れるので、この2線間には当然近接効果が発生します。
ただし、2本の線の電流が逆向きのため、逆に導体部分のお互いに近い側のインピーダンスが下がる方向に働きます。
言い方を変えると、お互いの電流を補強する方向に磁力線が発生し、自己インダクタンスの上昇を抑えます。
また、外部磁界からの影響を考えると、平行のまま使うより、2本を撚った方が影響を受けにくくなります。
つまり電磁誘導ノイズに強くなります。
スターカッドにするとさらにノイズに強くなります。
線の構造で電磁誘導ノイズを打ち消すため、流れる信号電流による磁力(他の回路から見た電磁誘導ノイズ)も出しにくくなります。
無駄な磁力線を出さないと言う事は伝送効率も良いと言う事に他なりません。
スターカッド結線は、それ自身でインダクタンス成分を打ち消し信号の減衰を防止するとともに、電磁誘導ノイズを防ぐ電磁シールドの効果を持ち合わせます。
この効果は、線の間を近づければ近づけるほど強くなります。
ただし導体同士が近づく事になるので、今度は線間の浮遊容量(コンデンサー成分)が増える事になります。(スターカッドでは一般に100pF/mを超えます。)
2芯の線同士を近づけると線のインダクタンス(コイル成分)は減りますが線間の静電容量(コンデンサー成分)が増え、逆に離すと線間の静電容量は減りますがインダクタンスが増えます。
従って、前後の回路の特性やインピーダンスを考慮してケーブルを選択(バランスを決定)する必要があると言う事が分かります。
前後の回路のインピーダンスが低い場合、線間の静電容量よりインダクタンスが小さい方が伝送特性はよくなり、前後の回路のインピーダンスが高い場合、インダクタンスより線間の静電容量が小さい方が伝送特性がよくなります。
つまり、電源線やスピーカーケーブルのような低インピーダンスラインに使う線は、平行線より撚り線の方が適していると言えます。
また、ラインケーブルは、通常ロー出しハイ受け(出力側600Ω前後、入力側20kΩ以上)が一般的ですが、2m前後なら(スターカッドの数100pF程度なら)周波数特性などに問題になる変化は起きず、それより電磁誘導ノイズの影響を排除できる効果の方が重要です。
プロがマイク(600Ωのバランス伝送用)ケーブルをラインにも使うのはこのためです。
これらより相当高いインピーダンスになる真空管プリ、MMカートリッジの出力や、真空管アンプや測定器に代表されるハイインピーダンス(数100kΩ以上)入力の装置に接続する場合は、インダクタンス成分の影響は低くなりますが、線間容量をきっちり計算しないと高域の周波数特性の変化として現れますので、スターカッドの使用には注意が必要です。
ちなみに、ちょっと変わったケーブルとして、きしめんと言うかリボンの様な、平べったい導体を使ったケーブルもありますが、これは意味がよくわかりません。
表皮効果防止と言う事が言われたりしますが、これまでの話でも分かる通り、この場合の表皮効果は導体断面の長手方向に働いちゃうので、影響をそれなりに受けちゃいます。
断面が中空の輪状になるなら話は分かりますが。。
それに、薄手方向には外部磁界と自身の電流で振動しやすくなりますので、相当分厚く重いシース(被覆)が必要と思われます。
また、スピーカーのHotとColdを1芯(単芯)ケーブルでバラバラに繋ぐのもよくわかりません。
インダクタンスは上がるし、外部磁界の影響もモロに受けるし、外部に磁力線出しまくるしで、いいところが見当たりません。
相当太い線を思い切りダンプするとかで使わないと厳しそうです。
定電流出力型のアンプなら分からなくもありませんが、あまりに特殊なアンプ(出力インピーダンスが数k〜数10kΩ)で、スピーカー駆動には一般的ではありません。
また、近接効果対策を謳ったケーブルもあるようですが、比較対象がリッツ線でもない絶縁なしの撚り線だったり、インピーダンス不明な同軸ケーブル(静電シールド)構造だったり、トランスの巻き線じゃあるまいし、こんなのハイインピーダンスラインに使ったら何が起きるか分からない不思議なものです。
今やケーブルはオーディオの楽しみの一つですので、それを交換して楽しむ事を否定する訳ではありませんが、得られる結果は銘柄や素材が要因ではない可能性もある事を覚えておいていただけると、選択に迷いにくくなったり、楽しみの幅が広がったりすると思います。