磁性体は嫌われ者?人気者?

2016-11-06-8-51-33

磁性体の謎

謎なのは、磁性体そのものではなく、磁性体に対する人々の態度だったりします。(苦笑)

オーディオと磁性体は相容れないものと断言して近寄ることすら忌み嫌う方もいらっしゃれば、機器やケーブルなどあちこちに磁性体を貼り付けたりして劇的改善と仰る方もいらっしゃいます。

片や近くにあるとダメと言われ、
片や近くにあると良いと言われちゃう
可哀そうな磁性体ちゃん。。。

オーディオにおいて磁性体が嫌われ者になったのは、部品や部品の素材で音が変わると言われだした1970年代後半以降で、最初は、抵抗やコンデンサーなどの部品の足や、トランジスターのパッケージなど回路素子の素材として、磁性体より非磁性体の方がいいというあたりから始まり、磁性体が回路の近くにあると「音が歪む」という話になって行ったと記憶しています。

一部のメーカーでは「マグネティック・ディストーション」なる単語まで作ったり、そこまでいかなくてもカタログに非磁性体構造とか非磁性化を謳うなどして、なんとな〜く全体的に、磁性体を悪者扱いしていました。
現在でも、高級品には、パーツや筐体、挙句はビスなどに非磁性体の素材を使ったことを謳う製品があります。

この、回路のそばに磁性体があると発生すると言われる信号の歪み「マグネティック・ディストーション」ですが、実は実態がよくわかってません。

物理的には、磁気歪とか磁歪と言うのがありますが、これは、磁性体が磁気を受けたり磁気を帯びたりすると「変形する」特性のことです。
また、中には磁気をかけると、電気抵抗が変化するというものもあります。

回路素子の足やパッケージに磁性体を使ってる場合、磁気で特性が変化しちゃうのであれば回路の動作に影響する事は想像に難くありませんが、回路に直接接続されていない、ただそばにある磁性体は、磁歪で変形することはあっても直接信号に何かを働きかけることは困難に思えます。

磁歪や、引き寄せ・反発力で発生した変形や振動が、回路や信号に影響するというのであれば、まあ、分からなくもありませんが、それならば振動に対してどうするのかという、シャーシや基板の構造の問題のはずです。
振動そのものの発生を防止するという観点で磁性体を排除する。というご意見もありましょう。
ごもっともです。
でもそれなら、さらに一歩進んで振動しちゃうほどの磁力線がそこに届かないようにすることが何より一番重要ではないでしょうか。

何れにせよ、磁性体は歪発生の「直接要因ではない」と考えた方がよさそうです。
大体、オーディオは、電源トランス、インダクター、アナログカートリッジ、モーター、アクチェーター、リレー、スピーカーなど、磁性体なしには成立しないのですから、過度な拒絶は、まわりまわって自己否定につながります。
「不要なところに不用意に使わないようにする」程度におおらかに考えた方が良いと思います。

ちなみに、「マグネティック・ディストーション発生を防ぐ」と称して、鉄(磁性体)のシャーシに銅(非磁性体)メッキした製品もありました。
超伝導物質でもない、かつメッキ程度の厚さの銅で、見た目以外にどれほどの効果があったのかは謎です。

一方、磁性体を使ったシートやビーズにノイズ抑制効果があるということで、磁性体を回路(線路)に巻いたり、刺したりすると「音がよくなるという話」もあります。

磁気によるノイズ(電磁誘導ノイズ)を受けたくない信号線や回路、出したくないノイズ源の周囲を磁性体で覆い、磁気的に遮蔽することを磁気シールドといいます。
磁力線は通りやすい経路に集まる性質があるため、ノイズ源と保護したい回路の間に磁性体を衝立状に置くなど完全に覆わなくても一定の効果があります。
回路や線に磁性体のシートを巻きつけると、当然、磁気シールドとして働きますので、電磁誘導ノイズの抑制効果を期待する商品が出て来てもそれ自体は不思議ではありません。

ところで。。

磁性体は、素材や加工方法によって特性が大きく異なります。
シールドに使う磁性体は、透磁率が高く(磁力線を集めやすく)、飽和磁束密度が高い(なるべくたくさん通せる)物が適していますが、この特性は両方を同時には高くできない特徴があり、高性能な磁性体は高価だったり希少な素材を使う物が多く高コストな上に、常温ではどちらの特性にも限界があります。
この磁性体内に流せる磁力の限界(飽和磁束密度)を超えた分は漏れたりすり抜けたりてしまうため、それを超える強い磁力線に対してはシールド(遮蔽)効果が発揮できません。
これを大きくするには、より飽和磁束密度の高い素材を使うか、同じ素材なら厚さを増す必要があります。
じゃあ、物量投じればよいかというとそうでもなく、気を付けなければならないこともあります。

電気的には電線の近くに磁性体があると、その線のインダクタンスが上昇します。
線に磁性体を巻きつけるとその効果も一気に増し、更にインダクタンスが上がります。
更に、磁性体の量厚さ)を増したり、磁性体そのものの性能が上がる分だけインダクタンスの上昇も大きくなります。
磁性体コアやビーズに線を通すということは、インダクター(コイル)を追加することそのものです。

インダクタンス(コイル成分)が増えるということは、それ単独であれば周波数が上がるほど、その線のインピーダンスが上昇するということを意味します。
ビーズなどのインダクターは、大抵、高周波チョーク(帯域外ノイズの減衰器)としての効果を期待するのですが、その線を含めた回路に静電容量(コンデンサー成分)がある場合など、共振回路やフィルター回路が出来上がることがあります。
ここでいう静電容量は、回路図に載っているコンデンサーだけでなく、浮遊容量と呼ばれる、回路図にはなくても実際の装置や配線に多かれ少なかれ存在する物も含みます。
これが信号帯域外周波数のフィルター(減衰器)として働く分にはいいのですが、信号帯域に影響したり、帯域外でも共振(増幅、発振)側に働かれたら目も当てられません。

つまり、シールドやインダクターは、本来、きちんと設計して使うべきもので、(もちろんトライアンドエラーは必要でしょうけれども)少なくとも前後の回路定数の確認や取り付け前後の効果測定(明確な前提条件の確認、提示)なしに、ポン付けのヒアリングだけで、これはいいとか悪いとか、こーゆー傾向とか断じちゃうものではないはずです。

要は、「ナントカとナントカは使いよう」と考えます。

危ないから近づけない、トラブル発生上等で濫用するのも選択肢の一つではありますが、ナントカの一つ覚えにならないことを切に願っています。

なお、今回は磁性体の使い方として、インダクターと磁気シールドだけ取り上げましたが、インダクターとしての使い方も様々あったり、電磁誘導ノイズを防御するシールドには、導体を使った電磁シールドというものもあります。
さらに、ノイズとシールドには、伝導ノイズ、静電誘導ノイズ、電磁誘導ノイズ、放射ノイズ、静電シールド、電磁シールド、磁気シールドなどの種類があり、それぞれ特徴や方法が異なります。

ついでと言ってはナンですが、最近話題の「ファインメット」は比較的新しく開発された素材(日立金属の商品名)で、透磁率と飽和磁束密度が比較的高いレベルでバランスしていることから、シールド素材だけでなく、様々な方面から注目されている模様です。
もちろん、透磁率と飽和磁束密度だけが磁性体のスペックでもなく、何でもかんでもファインメットというのは盲目的すぎます。
そもそもファインメットには、特性の異なる商品がラインナップされているので、ただファインメットと言われてもどんな特性のものかが分からないと、意図した場所と方法で使えるのかどうかが分かりません。(笑)

冒頭の写真は日立金属ファインメットのカタログからの引用です。
ファインメットって、特性一つじゃないってご存知でしたか?